三国与太噺 season3

『三国志演義』や、吉川英治『三国志』や、日本の関帝廟なんかに興味があります。

李卓吾本と毛宗崗本の区別

 自分が普段『三国演義』の訳本・翻案本を読む時、それが「李卓吾批評本」依拠か「毛宗崗本」依拠か、を見分けるために基準としている16項目です。
 明治〜昭和初期の三国志モノを読んでいますと、その本が、李卓吾本の邦訳にして元来人気第一だった『通俗三国志』に基づいているのか、それとも新訳として台頭しつつあった毛宗崗本の訳本なのか、気になる場面がしばしばあります。そういう時にこのチェックポイントがあると便利なのです。
 13番までのエピソードの差異については、毛宗崗が自ら「凡例」にて李本から修正した部分だと説明する所です。特に「酒を煮て英雄を論じる」は、違いが微妙なので底本がそのまま反映されやすい上、エピソード自体が有名なのでカットされる可能性も少ない、最もわかりやすい見分けの基準でしょう。


(1)酒を煮て英雄を論じる*1
・李本…表題は「青梅、酒を煮て英雄を論ず」
   曹操の言葉の直後に雷鳴が轟き、劉備は箸を落とす。*2
・毛本…表題は「曹操、酒を煮て英雄を論ず」
   曹操の言葉に劉備は箸を落とし、そこへ雷鳴が轟く。*3


(2)馬騰の謁見*4
・李本…献帝に呼ばれた馬騰は漢に忠誠を誓う
・毛本…なし


(3)関羽の漢寿亭侯*5
・李本…寿亭に封じられるも関羽はそれを辞退。関羽の心中を察した曹操は「漢の寿亭侯」を再び与える。
・毛本…関羽は漢寿亭に封建される。


(4)曹后が罵る*6
・李本…禅譲を渋る献帝曹節がなじる
・毛本…禅譲を迫る曹丕側を曹節がなじる


(5)孫夫人が長江に入水する*7
・李本…なし
・毛本…誤報を受けて入水する


(6)関羽、徹宵の番*8
・李本…なし
・毛本…関羽は夜が明けるまで戸外に起立して番をした


(7)管寧と華歆*9
・李本…なし
・毛本…いずれも管寧は顧みず、一方華歆は金を拾い上げ、行列を見物に行った。管寧は華歆との付き合いを断った。


(8)曹操が遺言して香を分ける*10
・李本…なし
・毛本…遺される妾にあれこれ気を配り遺言する


(9)于禁憤死*11
・李本…なし
・毛本…自らの惨めな壁画を見て憤死する


(10)鄭玄の下女*12
・李本…なし
・毛本…お互いをからかい合うにも『詩経』の文句を引用する


(11)訒艾の吃音*13
・李本…なし
・毛本…『論語』の「鳳兮、鳳兮、」を引いて司馬懿をやりこめる


(12)諸葛亮魏延を焼かんとす*14
・李本…火計を口実に魏延もろとも抹殺しようとする
・毛本…魏延が無事撤退してから火計を仕掛けるように命じる


(13)諸葛瞻が訒艾の書を破る*15
・李本…手紙を見てわずか躊躇う諸葛瞻だが、子の諸葛尚が叱りつけられ手紙を破り捨てる
・毛本…手紙を受け取った諸葛瞻は激怒してその場で破り捨てた


(14)長坂橋で落馬する人物*16
・李本…夏侯覇
・毛本…夏侯傑


(15)麋夫人への追贈*17
・李本…甘氏に追贈
・毛本…甘氏と麋氏に追贈


(16)孫策の馬*18
・李本…五花馬
・毛本…名前なし

*1:毛本二十一回。許都に滞在する劉備曹操に招かれ、酒杯を交しつつ天下の英雄を論じる。劉備の挙げる英雄を次々に否定する曹操は、最後に「天下の英雄は君と余だ」と言う。

*2:曹操に本質を見抜かれた劉備は偶然落ちた雷にかこつけ、箸を落として怯えた風を装う。小人物を演じて曹操の目を誤魔化そうという意図

*3:曹操に本質を見抜かれた劉備は驚愕の余り箸を落とす。そこへ偶然雷が落ちたので、それを言い訳に自分の図星を誤魔化そうという意図

*4:毛本五十七回。曹操の計略により馬騰は朝廷に召喚され、殺害される

*5:毛本二十六回。顔良を討ちとった関羽はその功績により列侯に封じられる

*6:毛本八十回。魏の重臣たちに次々と禅譲を迫られる献帝は内宮から出ようとしない。献帝を案じる曹節に、献帝曹丕が簒奪を行おうとしていると打ち明ける

*7:毛本八十四回。陸遜に大敗させられた劉備劉備大敗の報せが呉に伝わった時、誤って劉備が死んだと封じられたため、孫尚香は悲しみのあまり長江に身を投じる

*8:毛本二十五回。降伏した関羽一行が許都に到る道中、曹操関羽に不義を働かせようとあえて関羽を甘・麋夫人と同じ部屋に泊めさせる

*9:毛本六十六回。ある日ふたりが畑を耕していると金らしきものが出てきた。またある日ふたりが読書していると貴人の行列が通り掛った

*10:毛本七十八回。臨終の曹操は、遺される妾たちに対し、遺産の香を分け与え、自分の死後の生計についても指示を出す

*11:毛本七十九回。曹丕により曹操の陵墓を詣でさせられた于禁は、そこに自らが惨めに命乞いして降伏する様子を描いた壁画を見、憤死する

*12:毛本二十二回。劉備袁紹の調停役となった鄭玄。その逸話としてその家の下女の問答が紹介される

*13:毛本百七回。訒艾はいつも「艾は、艾は、、、」とどもるので、司馬懿はそれを「一体艾は何人いるのだ」とからかう

*14:毛本百三回。諸葛亮魏延に命じて上方谷に司馬父子を追い詰めさせ、火計にて殲滅しようとする

*15:毛本百十三回。蜀の末期、迫りくる訒艾軍に決戦を覚悟する諸葛瞻。そこへ訒艾からの降伏勧告の書状が届く

*16:毛本四十二回。長坂橋に仁王立ちする張飛は、迫りくる曹操の大軍に対して一喝、あまりの音声に曹操側の武将が肝を潰して落馬する

*17:毛本八十五回。劉備崩御すると、その皇后だった呉氏を皇太后とし、さらに元の劉備夫人にも皇后を追贈する

*18:毛本二十九回。曹操を攻めんとしていた孫策は、許貢の元食客に襲撃されて重傷を負う。その際乗っていた馬には名前があった