桑原武夫「『三国志』のために」
☆桑原武夫「『三国志』のために」
(「文芸」(1942年8月)、所収『桑原武夫全集3』(1968) )
○三国志への親しみ
天野貞祐『学生に与ふる書』に、幼い頃愛読したと回顧
筆者の親戚にも親しんでいる者多し。庶民への浸透も大きい
・『通俗三国志』による流行
神社の絵馬に「桃園結義」の絵が
江戸の軍談物も多少なりみな『通俗』の影響を受けたはず
現代の加藤清正の肖像も、関羽の影響か
・国文学史において、国産に限らず「日本人に読まれたことを重んじる」考え方もアリでは?
翻訳ではあるが、もはや『三国志演義』は日本古典に数えていいレベル
正宗白鳥「翻訳を軽視し、浅薄でも創作だからと重視するのは誤り」
○三国志と筆者の出会い
父の隲蔵が、我が子に読み聴かせようと買った『通俗三国志』(同益出版、M15年刊)が最初
⇒贅沢ワロタ
父はいつの間にか読んでくれなくなったが、その後は自身で読んだ。
子供でも、文語文でちゃんと読めるのである
⇒この後触れられる「三国志演義の現代化」に対する苦言である
○湖南文山の「完訳」について
・『通俗』の関羽対華雄の場面を引いて「どうして中途で立ち止まれよう」と賞賛
・「三国志は文山の完訳で読まなくてはならない」「要約や、修飾を加えるような物はダメ」と強調
⇒当時の『演義』訳には李本訳(『通俗』の語り直し)と毛本訳とか混在していたが、触れず
『通俗』が李本典拠であることを知らない?
⇒もしかしたらこの関羽対華雄の描写が「翻訳でない」ことを知らない?
・関羽張飛が退場してから物語がつまらなくなるのは否定しない
孔明に対立すべきパトス的人物がいなくなるから
⇒よく言われる孔明の死後ではなく、張飛の死後に着目
・中国で最も人物を輩出したのは戦国と三国。
陳宮の様な謀士の活躍も、日本の軍記物にはないところ
・三国志には恋愛がない
社会が安定しない時代では恋愛ができないか
劉備の言うような「兄弟は手足の如し、妻妾は衣服の如し」が常識だったのだろう
・曹操の魅力
心理家で、法家的思想を持ち、非道なこともするが、一方で度量大きく、ユーモアある
第一、彼はそんなに悪意を以て描かれているだろうか?
○近頃の翻訳や翻案に対して
・村上知行・・・「泥のついた桜んぼ」と原典を評して、そのままでは気が利かぬからと洗浄した
・弓館芳夫・・・ダダ長い原典を鈍行列車と評し、急行化を図った
・吉川英治・・・「三国志には詩がある」と評して簡略化に反対。自己の解釈と創作を加えた
このような現代化・常識化も必要だが、まずは原典の尊重と理解が必要だろう
⇒あくまで『通俗三国志』原典を重視
⇒村上知行の訳は、「毛宗崗本原文からの翻訳」であり、かつ抄訳である
「李卓吾本の翻案」である『通俗』と比較することはできないはず
⇒『通俗』が「李卓吾本」の「翻案(≠翻訳)」であることは当時知られてない?
○歴史と文学
・民族が愛読する文学を味読する意義
・羅貫中がその著作のため唖の子に祟られた伝説は、儒家の伝統的文化の弱点の一面だろう
・「三国という時代を知るためには、この小説をことさら歴史と峻別しようとは思わない。・・・・・・大体の把握の便であるのみではなく、そこには歴史の実質をなすようなものが多分に含まれているからである。・・・・・・時代や民族の精神を形づくる実質がそこにはあるからである。」
・「こうした文学によって、まず実感的要素を捉えておき、それを見識ある史家の著作によって純化補強するのが、最も捷径かつ正道ではないかと私は思っている」