張華『博物誌』と陳寿『三国志』
昨日の記事で言いました通り、張華は西晋で陳寿を孝廉に挙げるなど度々に世話をし、また『三国志』を高く評価した人物です。
また張華は都督幽州諸軍事として出鎮していたため朝鮮以東の地理に詳しく、そのため『三国志』東夷伝は張華の見識に拠る所が大きかったのではないか、との説を読んだことがあります。昨日の様に『博物誌』と『三国志』とで文章が全く一致したとは、それを示す一例と言えましょう。きっと探したら他にもあるのでしょうね。
でも引用するでもなく、あんなに一字一句違わずに写したりするもんなんですねー。
ところでリンク先の古代中国奇書館さんが貼っておられた、
この画像が気になります。
これは『博物誌』の挿絵なのでしょうか?にしては、本文の内容とイラストが随分と違いますよね。別の書籍から持ってこられたのでしょうか。
本文では「純女無男」としか書かれていない女国の様子が、絵の方ではいろんな要素が詰め込まれて描かれてます。
←かわいい(・ω・)
また絵では原住民と思われる女性たちが何故かみんな水の中にいますよね。
これはおそらく、『梁書』東夷伝にある「女國有り……二、三月に至り、競いて水に入れば則ち任娠す」のことではないでしょうか。『後漢書』、『山海経』郭璞注、『西遊記』などなどでも、女国においては"水"が妊娠に深く関わってますので、きっとその様子を描いた一場面かと思います。