三国与太噺 season3

『三国志演義』や、吉川英治『三国志』や、日本の関帝廟なんかに興味があります。

張楊の字の誤り

「三国与太噺」-張楊の字について
 ちょっとだけ補足です。
 張楊の字は『三国志演義』でもやはり稚叔であり*1、また中文ウィキペディアも同様であったので、やっぱりこっちが正しいのでしょう。

 そしてここまでインターネットで広く誤りが拡大してしまった理由としましては、やっぱりちくま訳の誤字が原因なのかなーって思います。確かに張楊の字という、まず顧みられない部分の誤字故にってこともあったでしょうが、それでもここまでに広がりしかも訂正されなかったということには、改めてちくま訳のスゴ味の片鱗を感じました。

 ただ確かに、実は張楊の字って間違われやすいところだったみたいですね。
 例えば『通俗三国志』の一部では誤って「惟叔」になっているとこがあります。「稚」と「惟」って、確かにこれは見分けづらいです。
 また同じような例として、夏侯恵の字も、正史では「稚権」であるところが『演義』では「雅権」とされてしまっていました。たぶん写本の段階で見間違われたことがあったんでしょうねー。

*1:李卓吾本」において。「毛宗崗本」では張楊の字に触れる場面がありませんでした。