三国与太噺 season3

『三国志演義』や、吉川英治『三国志』や、日本の関帝廟なんかに興味があります。

国会図書館関西館 小展示「時空をかける三国志」

 国立博物館に行ったその足で、今月8日、僕は国会図書館の関西館にて開催されていた展示「時空をかける三国志」を観に行きました。
 国会図書館が所蔵する「三国志」を、一列に並べたというこの展示。殊に、普段あまり注目されることのない日本の「三国志」に力をいれていた点については大変興味深かったです。小展示とは言いますが、展示品は大変充実したラインナップで、「時空をかける」と言うに恥じない、大変素晴らしい企画でした。
 残念ながら展示は既に終了してしまっていますが、下記URLから展示の目録と解説を見ることができます。
 http://www.ndl.go.jp/jp/event/exhibitions/1195909_1376.html

 また展示に合わせて、金文京先生による講演も開催されていました。教団さんのブログにその様子がまとめられています。
 http://ameblo.jp/vitalize3k/entry-11393636959.html

 そして僕の行った日には、見どころ解説というものもありまして、この企画を運営された職員さんが、展示品やその他もろもろな裏話を、丁寧に解説してくださいました。大変お世話になりまして、どうもありがとうございました。







○第1部 入門:「連環画」でたどる三国志演義

1-1 連環画で見る三国志

・連環画50巻の展示で以て「三国志」のストーリーまで紹介しようという、面白い趣向でした。範囲は「桃園」から「五丈原」まで。
・連環画は中国の伝統的様式ということでしたが、本作(1957年から製作)以前のもの、たとえば清代・民国時代などの三国志連環画などもあるのでしょうか。
 また、1982年に陳舜臣により翻訳された三国志連環画が、日本では広く読まれたようですが、それはコレを翻訳したものでしょうか?
・なぜか「空城計」の巻が2冊ダブって展示されていました。何か意味があるらしいですが、一方は4年も遅れての刊行であり、また絵師も異なっています。

1-2 三国志を知る

・代表的な三国志概説書が並ぶコーナー。ちくまの正史訳から、『三国志研究』まで・・・。
・No6の易中天著『三国志素顔の英雄たち』は、最近に中国で出版された概説書。中国での「三国志」イメージを窺う上で、参考になるかもと思いました。読んでみたいです。



○第2部 中国・アジアにおける三国志演義

2-1 元代の三国志
2-2 元・明代の演劇のなかの三国志

・『三国志演義』成立前夜の「三国志」たちであります。この中では『三国志平話』や『花関索伝』が有名でしょう。
・個人的には『三分事略』が気になりました。
 『三分事略』は現存『三国志平話』より数十年後に出版されたもので、『平話』と文も絵もほぼ同じながら、かなり粗雑でヘタクソな印刷になっています。
 僕はこれまで『三分事略』は、劣化した『平話』の版木を使ったために粗雑な印刷になったものと思っていたのですが、実際に見比べてみると、劣化のせいとは思えないようなラインの簡略化などが見られ、これは相当にヘタクソな人が再刻したか、あるいはそもそも版本が違うかだろうと思いました。
 現存『三国志平話』とは別エディションの『三国志平話』と言えましょう。

2-3 三国志演義のテキスト

・『三国志演義』の版本(エディション)の違いについて扱ったコーナー。専門的であります。
 中国白話小説は、同じ作品でも、出版元が違えば、テキストも違ってきます。今、当たり前のように読まれている『三国志演義』は、単純に現時点で最も広く読まれているだけのものであり、数ある『三国志演義』テキストの中のひとつにすぎません。*1
・展示されていたものは、通称「嘉靖本」と「葉逢春本」と「湯賓尹本」と「黄正甫本」。
 「嘉靖本」は現存する最古の『三国志演義』として重宝されているものですが、他の3つはかなりマニアックです。「湯賓尹本」などは僕らの読む『三国志演義』と相当違っているので、面白そうではありますけど。
・注目すべきはNo21の、韓国において最近発見された、相当に古い『三国志演義』であります。もう影印本が出ていたとは知りませんでした。版本としての研究がどうなっているか、気になるところであります。
・この様に、複数の『三国志演義』版本が紹介されていたのは素晴らしいことでした。ただ「版本の違い」がそもそも何か、三国志ファンでも知る人が少ないので、その解説がもっとあればと思いました。
 何より、版本として最も重要でありポピュラーである「李卓吾本」と「毛宗崗本」がなかったことは、ちょっと残念であります。

2-4 三国志演義の「続編」群
2-5 神になった関羽の物語

・『演義』に後続した「三国志」たちであります。
・特に蒙を啓かれたのはNo22とNo28でした。
・No22『三国志後伝』の解説文にて「(後伝の)日本語訳に『絵本通俗続三国志などがあり」と書かれていたこと。『三国志後伝』が日本で『通俗続三国志』と題され翻訳されていたことはもちろん知っていましたが、それが「絵本」として挿絵付のものが出版されていたこと、しかもそれを国会図書館が所蔵している上にインターネット公開までしていたこと、まったく知らず、大変ビックリしました。
・No28は、山田勝芳先生を中心とした科研費研究の成果をまとめられたものなのですが、その中に、歌川国安挿絵・十返舎一九著の『画伝三国志の影印が収録されていたことに驚愕しました。
 『画伝三国志』は、有名な『絵本通俗三国志』よりも、わずかに数年先行して刊行されたもので、しかも質の面で決して『絵本通俗三国志』に劣るものではありません。
 あらゆる点において注目すべき資料であると思われますが、現存の状況すら不明な所があり、十分な研究もまだこれからということです。僕も、この本の存在すらまったく知りませんで、見逃してはならない資料なのではと強く感じました。

2-6 アジア各国の三国志関連作品

・中国のみに留まらない、東アジアにおける「三国志」の伝播を、タイ・朝鮮・ベトナムにより紹介。
・ただこの中に、東アジアで最も重要な『三国志演義』、「満州語訳本」がなかったのは残念でした。「満州語訳本」は、『三国志演義』が初めて外国語に翻訳されたというものです。


第2部で並ぶ本は、資料的に希少なものというわけではありませんが、しかしそれが一列に並ぶとやはり迫力が違いました。
 一言に『演義』と言ってもこれだけの周辺作品があるということ、ひいては三国志演義研究の一端が垣間見られるような部分もありました。あんまし人気のない『三国志演義』ですが、全国の三国志ファンはぜひ参考にしてください( `・ω・´)



○第3部 日本における三国志演義

3-1 日本人と三国志の出会い

・No32は、日本文献上で初めて「三国志」の文字が登場するというものとして『続日本紀』が展示されています。
 ならば、『三国志』が日本文献上で初めて引用されたという『日本書紀』の方もあるとよかったですね。
・日本漢学の中で受容されてきた『三国志』の様子(『蒙求』や『十八史略』)や、『三国志演義』が伝播する様子がわかるコーナーでした。

3-2 通俗三国志の登場と江戸文化

・湖南文山『通俗三国志』の登場と、その派生文学を扱うコーナー。まさしく「日本三国志」第一歩の歴史と言えましょう。
・解説文には、江戸時代の「三国志」の歴史が丁寧に説明されていました。
 即ち、初めて記録上に『演義』が登場し(1616年)、『通俗三国志』が翻訳され(1689年)、それに挿絵入りのものが出始め(1721年)、派生する翻案文学たちを経て(1781年、1795年、1814年)、そして葛飾戴斗『絵本通俗三国志』(1836年)にてピークを迎えるわけです。
・個人的には、No42やNo46など、今後読むべき論文が展示されていたことや、No44『南総里見八犬伝』における「三国志」ネタなどが、とても勉強になりました。

3-3 近代日本の三国志演義

・ここが、今回の展示の中では、資料の希少価値が一番高いパートです。
 明治初頭の『絵本通俗三国志』から昭和中期の小川環樹全訳に至るまでが一列に並びます。
・特に個人的には、No48〜No58の「三国志絵本」たちについて分からなかったことが多かったので、勉強になり、また新発見もありました。とても細やかな展示だと思います。
・「日本三国史」的に見るならば、No48〜No63に注目すべきであります。1880年から1900年にかけての、明治時代の「三国志」出版ラッシュに激しさが一目で分かるかと思います。
 そして久保天随、吉川英治、その派生作品たち、という流れもしっかり押さえて展示してあったのも流石です。
・疑問であったのが、No47の解説文にて、『通俗続三国志』のことを「晋の盛衰を扱った『東西晋演義の日本語訳ですが、緒言によると、三国志の人気にあやかるため、その続編を標榜した」と書かれていたことです。自分が調べたうちでは、『通俗続三国志』は白話小説三国志後伝』の翻訳であり、『東西晋演義』という白話小説も確かにありますが、これらとは別物であるはずです。しかしちょっと興味深い解説文であったので、その詳細をお聞きしたいところでした、、、

3-4 現代日本三国志演義

・近世、近代ときて、最後に現代、というわけであります。
・No86で恋姫無双のアンソロ本が展示されてたことが話題になってましたね。かと思えば解説文には「三国志の登場人物を女性化するという趣向は古くは江戸時代の浄瑠璃『傾城三国志』、新しくは漫画の『呂布子ちゃん』や『一騎当千』などにも見られます」と受容史的に重要なことが書かれていたりも。


第3部は、「日本の三国志史」が、近世、近代、現代と一直線に並べられて、その歴史を直に触れることができます。第2部を「時空」のうちの"空間"とするならば、第3部が"時間"に重点が置かれていたと言えましょうか。圧倒的です。
 やはり一列に並ぶと、今までの見落としがたくさん見つかり、また「今度見ないと」と思っていた資料が全部整列していたもんで、僕としては大いに勉強をさせていただきました。
 ただ、全体としてちょっとマニア向けすぎる展示でしたね。僕はすごく楽しませていただいたのですが…。せっかく国会図書館の閲覧室にて展示されていたのですから、「三国志」を知らない一般の利用者さんにも見てわかりやすいような形ならよかったかと思いました。
 たとえば第3部などは、もっと時間の流れが一目で分かる形だと楽しいですよね。年表に従って年代の順番ごとに、そして『通俗三国志』・『絵本通俗三国志』・『吉川三国志』・『横光三国志』といった歴史のターニングポイントが見て分かるように並んでいたら、一般の方にもより面白かったのでは、てな風に感じました。
 とにかく内容がすごく濃密な展示でしたので、またいつかこんな風な企画が開催されることを楽しみにしています( ゚∀゚)

*1:僕はあんま好きじゃねーんですよ「毛宗崗本」。