三国与太噺 season3

『三国志演義』や、吉川英治『三国志』や、日本の関帝廟なんかに興味があります。

吉川英治『三国志』(平成25年)

 今月の『三国志ナビ』をもって、ついに新潮社版の『吉川三国志』全十巻+αが出そろいました。吉川英治著作権が切れた"その月から"刊行を始めた本シリーズも、ようやく全冊を並べられることができました。

 こうして見るとさすが壮観です。なんといっても長野剛さんの美麗なイラストがすてきです。
 それに全十巻ってのがいいですね。『吉川三国志』は本来、「桃園の卷」から「五丈原の卷」まで十章に分かれているのですが、何故か講談社はいつも全十四巻とか全八巻とか区切りを無視した形で出してきました。あんまり吉川英治もこだわりを持っていなかったのかも。
 あと「序」と「篇外余録」がちゃんと備わってるのも大事です。これのあるなしでは鑑賞の上でも全然違います。講談社の最新版(通称レッドクリフ版)がこれを削った時には、本当に、どうしてくれようと思いました。新潮社が復活させてくれてよかったです。

 もひとつ講談社の悪口を言うなら、これまでの『吉川三国志』はみな吉川英治の近辺によって読まれてきました。刊行していた講談社も六興出版社も、作品の解説をする尾崎秀樹さんや松本昭さんたちも、吉川英治に縁深い方々です。そのためか『吉川三国志』の鑑賞も、主として日本文学サイドからされてきた感がありました。
 それが去年、吉川英治著作権が切れたことでまた新しい『吉川三国志』の鑑賞がされるようになったと思います。同じく去年に星雲社文庫から再刊がされたものは、土林誠さんのイラストやカットをたくさん盛り込んだ、おもしろいデザインになってます。
 そして新潮社版では、監修に渡邉義浩先生がついたことで、中国学サイドからの批評が加えられました。各巻の語注や解説、また本作をより読みこむための解説本『三国志ナビ』にもその辺が表現されています。やはり『三国志演義』を原典とする以上、中国学からの理解は必須です。その意味では、新潮社版は三国志ファンがより楽しめる仕様になっていると思います。
 もちろん講談社版・六興出版社版にもいいところはたくさんあります。たとえば解説をする尾崎秀樹さんや松本昭さんは生前の吉川英治と親しいところにおられた方々ですし、英明さんをはじめとする吉川英治のご家族も関わっておられます。立間祥介先生の解説もあります。吉川文学を深く理解するためには読まずにはいられません。
 『吉川三国志』のためには、"吉川英治"の側と"三国志"の側との双方から鑑賞が必要です。新潮社版でようやくその両立が果たされようとしてるかなと思います。


 『三国志ナビ』のまえがきに出していただいた通り、僕は今回の一連のお手伝いをさせていただきました。とても貴重な経験であり、大変に光栄なことであります。
 ブログを読み返せば、はじめ『演義』にも『吉川』にもぜんぜん興味がありませんでした。それがある時から急速に引きつけられ、日本近代文学の卒業研究で『吉川三国志』を選ぶことになります。その成果は翌年の三国志学会で発表しました。奇しくもその日は吉川英治の没後五十年目の命日(の翌日)でした。研究室にこの企画が来たのはほどなくしてです。
 何から何までが非常な幸運に恵まれていたと思います。