三国与太噺 season3

『三国志演義』や、吉川英治『三国志』や、日本の関帝廟なんかに興味があります。

「レッドクリフ partⅡ」を実況せんとす

(5.24)partⅠのラストから引き続いてのサッカー蹴鞠。なんで蹴鞠?
 ところで僕、レッドクリフを見るまでこういう形式の蹴鞠があることを知りませんでした。今の日本でやってるあの蹴鞠を想像してたので。より古い時代にはこうして両チームでゴールを競い合う形式だったらしいです。

(8.32)投壺を知ったのもだいぶ後になってから。最初はなんか手裏剣術めいた投擲武術のひとつかと思って、関羽張飛は武人なんだからむしろ上手いはずなんじゃって不思議でした。ほんとは真逆で、投壺は君子の修養です。だから周瑜が一番上手なんです。

(10.52)曹操だって人気なんだよってことを説明するシーン。家族的な団結をする孫権、仁徳で慕われる劉備に対し、曹操は政治的な手腕で支持を得ます。三人の違いがよく出てていいですね。こんな感じのシーンがもうちょっとあってもよかったかなって気もします。

(12.58)孫尚香とオリジナルキャラクター孫叔材の出会い。一見すると恋なのかなって気もしますが、僕は兄弟的な親愛かなと思います。あえて二人を同姓に設定してるのもそのためかなって。

(14.20)この辺の妖術師の描写や疫病の設定はかなりきっちり考証をやってるって副音声で言ってます。『演義』にないオリジナル場面なので、その分しっかり力を入れてるってことですね。
 前近代の中国では土葬が主流で、火葬は遺体を損なうことだとして忌まれていました。今ではほとんどが火葬ですが、それでも一部では疎んじる意識が根強いそうです。だからこういうシーンがポンと盛り込まれてもちゃんと理解できるのかな。もちろんその辺を知らなくても曹操の悪逆さはなんとなく伝わりますけど、やっぱり最初観たときは周瑜諸葛亮が土葬か火葬かで口論してることや、周瑜が悲壮そうな表情をしてる意味がちょっとピンとこなかった。

(21.21)ここでも医学への精通ぶりを見せる諸葛亮

(23.40)敵前から撤退してしまう劉備。一応これは劉備周瑜の作戦だったってのが後で明かされるんですけど、それでも「信義だけでは生きてゆけぬ」という言葉自体は劉備の本心なんじゃないかな。『演義』みたいな仁君劉備像は現代では不評ですから、レッドクリフでも、それとは一線を画す劉備像を示さないといけなかったんだと思います。

(25.30)partⅠに引き続き、曹操の側近役を務めるのは曹洪。日本だと曹操の身内といえば夏侯惇のイメージが強いですけど、中国のドラマを見ると曹仁曹洪がその役になることが多い気がします。おもしろい違いだと思います。ちなみに『演義』の赤壁の戦いでは、曹洪はとくに出番ないです。

(28.00)「陰のごとく」「雷のごとく」。これが「風林火山」の続きだってのはテニプリ読んでないと日本人にはわかんないですけど、中国人には普通にわかっちゃうんですかねぇ。

(28.53)連環の計は蔡瑁の発案ってことにされてます。『蒼天航路』でも曹操軍側で考案されたことにされてましたね。さすがに全部が全部諸葛亮側の計略だったってすると、いくらなんでも曹操が騙されすぎになるからでしょうか。

(32.35)孫権は虎が親友でしたよね」って井戸田さんとやついさん。『蒼天航路』もばっちり読まれてる。先生には通じなかったですが。

(42.02)ここでは手際よく連環を解いて迎撃する曹操水軍。これがラストの決戦だとてんでダメになってしまう。蔡瑁・張允がいなくなって曹操水軍が弱体化したことが端的にわかる描写です。そして連環の計と蔡瑁の死というふたつの敗因をセットにまとめる、うまい脚本です。

(42.32)ここの魯粛は最高です。partⅡで2番目に好きなシーンです。副音声でも大絶賛でした。魯粛の見事な道化役ぶりと、諸葛亮への絶妙な皮肉が本当にいい味を出してます。この人にはかなわないなっていう諸葛亮の苦笑もすごくいい。
 レッドクリフが地上波で放送されたとき、「周瑜はかっこよくなったのに魯粛は相変わらずでかわいそう」って声をけっこう見ました。そしてこのことに限らず、正史とはまったく異なる『演義魯粛の道化化は、ずいぶん否定的に見られてるように思えます。しかし申し訳ないんですけどそれについては、『演義』をもっとちゃんと読めと僕は言いたいです。魯粛という道化役がいるからこそあの物語は成り立つのです。一見すると魯粛を軽んじてるようでも、物語上の役割は非常に重いのです。だからレッドクリフでも魯粛はこうして登場するのですし、むしろ周瑜諸葛亮に匹敵する存在にしたレッドクリフだからこそ、なおのこと魯粛のようないい人の目線は不可欠になったと言えます。
 もちろん、正史に表現されるような抜群に格好いい魯粛像はそれもいいのですけど、そんな彼を登場させるなら物語を根本から作り変えないとなりません。『秘本三国志』では、赤壁の戦い魯粛の登場を削ってました。また『蒼天航路』は、魯粛を気骨ある風雲児に設定していますが、物語構造は曹操vs諸葛亮vs周瑜という『演義』を踏襲するものだったため、結局はやはり魯粛が道化役に収まることになりました。あれはあれで、魯粛vs張昭という常識人対決と曹操諸葛亮周瑜孫権という天下人視点とがうまく対比されることになっているんですけど、ちょっと魯粛のキャラが死んでしまったかなという気もします。それに比べるとレッドクリフは、『演義』の人物形象の巧みさをちゃんと引き継ぎつつもいいスパイスを加えている、と僕は思います。

(47.16)周瑜作の偽書状が蔡瑁の筆跡とそっくり。周瑜は真似字が上手って伏線がここで回収されます。

(51.43)ここの蒋幹の手前にいる軍師が程碰だそうです。言われてみれば立派な風采で程碰らしい。

(55.19)partⅠでの孫権の決断までの流れもよかったですが、partⅡではこの蔡瑁謀殺と十万の矢の組み合わせがすごくうまいです。『演義』だとふたつはほぼ別の計略でした。レッドクリフではふたつを同時進行で描きつつ、諸葛亮周瑜の以心伝心の連携も盛り込むことで、曹操が騙されてしまうだけの説得力を生み、かつ両者の無言の信頼を表現していました。そして大幅に尺を節約した。
 また、『演義』の赤壁の戦い曹操vs劉孫連合であるだけでなく諸葛亮vs周瑜の知恵比べでもあることは有名ですが、partⅠ時点で劉備軍と孫権軍が絆を結んだレッドクリフではその要素が薄れてしまう弱点がありました。そこで前の場面で劉備を撤退させ、諸葛亮周瑜の間に亀裂を生じさせ(ているように見せ)ることで、『演義』おなじみの計略合戦を盛り込む余地を作ったのです。『演義』をリスペクトしつつ現代ドラマとして仕上げる脚本は、他の三国志作品と比べても遜色なく、本当に見事だと思います。

(56.54)蒋幹の最期。ちなみに『演義』では蒋幹の末路は描かれませんでした。一連の謀略戦にオチがついていいですね。気の毒ですけど。ただこのシーン、たぶん諸将は蔡瑁の内通が嘘だったことを知らされてないですよね。蒋幹の毒死を見て固まってるから。せいぜい察してるのは曹洪くらい。曹操が部下を置いてけぼりにしちゃってる感じが、いいような悪いような。

(60.02)副音声でも、孫叔材と孫尚香の関係は恋か友情かどっちなのだろうという話がされてます。小沢さんは完全に恋愛派。難しいですね。どうなんでしょう。

(65.27)作品のテーマである家族愛が、曹操にもあるんだよっていうフォローの場面。聞いた話だと、partⅠを観たお客さんから曹操を悪くしすぎって声が上がったから入れたとか。ただ、これはどうなんでしょうね。こうした側面を描くことで悪役をフォローするっていうのはよくあることですが、僕はあんまし有効じゃないなと思ってます。
 具体例で申し訳ないんですけど、『キングダム』が始皇帝の美化のため彼の情愛を描いた時、果たしてそれは美化になるのだろうかと疑問に感じました。つまり非情だと批判されてきた人物に対し、いや彼にも情はあったんだと情の立場からフォローすることは、その人物が本来持つはずのよさをむしろ見落とすことにならないかと。始皇帝をかっこよく描くなら、その強さとか果断さとか逸脱ぶりとかの「非情」の中身を強調すべきではないかなと。『蒼天航路』が曹操董卓の非情さを突き抜けさせたように。
 ここでも曹操側の義を描くなら、それは曹操ならではの価値観を強調すべきで、劉備孫権の信念であったはずの家族愛によって曹操を正当化しようというのはちょっと違うんじゃないかな。だから、ここで小沢さんが「これって曹操の詭弁じゃないんですか?」と受けとってたのは、僕は正しい見方だと思いました。曹操のキャラクターを知ってたら、この場面は素直に受けとれないです。いっそ兵士たちの歓声を背後に曹操がほくそ笑むカットでも入れて、曹操の人心掌握の巧妙さを表現した方が、倒すべき悪役としての曹操の強大さが出ていいんじゃないかなって思うんですけど。
 ちなみに『キングダム』についてですけど、さっきのは僕が読んでた成人編までの印象で、最近はどうも始皇帝の規格外さの表現に比重を移してるっぽいです。始皇帝の両側面をパートで描き分けるっていう原泰久さんの手法なのかもしれません。間違ってたらごめんなさい。

(66.32)副音声チームがめっちゃ連呼してますけど、レッドクリフ孫尚香はめっちゃ可愛いです。髪をおろした姿がめっちゃやばいです。

(68.55)曹操軍のモブ将軍が誰が誰かわかんなくて残念、レッドクリフ曹操軍に冷たいね、と言うやついさん。本当にその通りだと思います。

(69.24)ここで曹操軍が火攻めを狙ってるのがいいですね。このせいで曹操軍は自らが用意した火種に焼かれてしまうことになるのですが、『演義』みたく曹操の敗因をぜんぶ曹操が騙された結果とせず、予期しえない読み間違いで負けてく方が説得力があります。

(72.30)諸葛亮が東南の風を読むシーンです。これはもうよく言われていることですけど、先生の言葉をお借りすれば、最近の作品は諸葛亮が風を「呼んだ」のではなく「読んだ」というのが主流になってます。日本でも『吉川三国志』以来、ほとんどの諸葛亮が風を読みます。しかしそれでも、風を呼ぶシーンを全カットするのはもったいないということか、あれは周囲へのパフォーマンスだったなどの理由をつけることで盛り込む作品もたくさんあります。それぞれうまいこと合理的な解釈をしててすごいと思います。しかしレッドクリフでは……

(73.00)「東南の風を知ってるのは蔡瑁だけ」という台詞で、蔡瑁謀殺がここでも活きたことが説明されます。partⅠで蔡瑁が天候の話をしてた伏線がやっとこさ回収されたわけですが、このようにレッドクリフは、十万本の矢、蔡瑁謀殺、東南の風、連環の計の効果を重層的に絡ませてるのが『演義』と違うとこです。よくできてますよねえ。

(75.54)周瑜に却下されちゃう苦肉の計。そういえば、最近の作品では苦肉の計がクローズアップされることが減ったような?周瑜のキャラを食っちゃうから?

(79.25)かわいそうな井戸田さん。

(83.25)家族愛というテーマが一番強く描かれるシーン。partⅠの牛泥棒のシーンでも垣間見れましたが、呉軍は呉軍全体がひとつの家族です。

(86.23)本物が来たので用済みになった身代わり驪姫。かわいそうなキャラです。曹操から物としてしか見られない驪姫は、夫のため国のために自ら身を捧げる糜夫人・小喬との対比になっており、同時に曹操が孤独であることの表現にもなっています。ただ、ちょっとやりすぎな感じはありました。驪姫に小喬ごっこをさせる曹操はさすがにまぬけでしたねぇ。

(95.47)曹操を引き止める小喬の苦労を「お店のお姉ちゃんみたいでしたねー」って言う人がいるんですよ。副音声では「こうやって終電がなくされちゃうんですね」って言ってる人もいました。たぶん同一人物でしょう。

(99.12)孔明が風を「呼んで」ますね!さっき風を「読んだ」にも関わらず、です。風を読むこと、風を呼ぶことを合理的に説明して両方取り入れる作品はいくつもありますが、レッドクリフは整合性をとろうという気がまったくありません。しかし、そういう無理やりを良しとしちゃうところに、むしろ『演義』に対する熱いリスペクトを感じます。誰が何と言おうと孔明は風を呼ぶんだ、文句あるかって言わんばかりの力強さを感じます。穿ちすぎでしょうか。でも、partⅡで僕が一番好きなシーンです。
 ちなみにパンフレットを見ると、風を呼ぶ要素は金城さんの提案だったらしくて、ジョン・ウー監督は風を読むという解釈しか知らなかったそうです。ちょっと意外です。

(108.42)理不尽に叱責される曹洪がかわいそうですねぇ。レッドクリフ曹操がいまひとつかっこよくない最大の理由は、この部下との信頼関係の見えなさですね。蒋幹の死のシーンでも部下は置き去りでしたし、さっきやついさんが言ってたように曹操の部下がモブ扱いしかされてないってのもこれに繋がります。曹操の才を信じる将軍たちの姿をもっとちゃんと描けば、曹操も英雄らしく見えたはずです。まして曹操は人材愛の人ですしね。もっとも、本作では団結の孫権劉備と孤独の曹操って構図になってるので、それをやっちゃうと話がだらけちゃうんですけどね。難しいところです。

(112.49)甘興が必死に助けようとしてるの、これ牛泥棒三人組のひとりですね。やっぱり彼はここで死んじゃうんですね。切ないシーンです。将軍に恩をかけてもらった兵士は命を捨てて戦わなくてはなりません。周瑜に庇われた時、この最期は決まっていたとも言えます。切ないシーンです。

(113.26)聞いた話だと、中村獅童さんは最初は甘寧役でオファーされてたそうです。ところが獅童さんの殺陣の上手さに監督が感激して、急遽こういう見せ場が用意されることになったために「甘興」になったとか。実在の人物は史実に反して死なせないってことらしいです。甘寧のままでもいいじゃんって気がしちゃいますけどね。

(123.53)味方の窮地にも関わらず、小喬への報復に執着する曹洪夏侯雋。これはさすがにまぬけです。さっきの話の繰り返しになっちゃいますけど、こういう幹部級がかっこいいと同時に主君が引き立つはずなんです。曹操軍の脆さを描かなきゃいけないってのはわかるのですけれど。

(130.00)満を持してメキシカン・スタンドオフが登場!と、いう風にレッドクリフでは二丁拳銃、白い鳩といったジョン・ウー作品のお約束が三国志アレンジされてしっかり盛り込まれてるってウィキに書いてありました。おもしろいです。僕、ジョン・ウー監督の映画は観たことなくて…。何から観るといいんでしょう。

(133.57)落下する夏侯雋夏侯雋の出番おしまい。死んだか死んでないかわかりにくいですけど、でも彼がオリジナルキャラってこと考えると、これで死んだんでしょう。

(135.00)孫叔材の死を悼む孫尚香と、その周りを埋めつくす両軍の兵士の死体。反戦という本作のテーマを象徴しています。ただ、ここまでは守るために戦うことの大事さ(家族愛と勇気)を強調するシーンが多かったので、ここでいきなり反戦と言われてもちょっと面食らうかも。
 レッドクリフがテーマとする家族愛と反戦は、本来は相容れにくいものです。たとえば戦時中の吉川英治が『三国志』で家族愛を強調したように、家族愛はむしろそれを守るための戦争の肯定に結びつけられることが常です。だからレッドクリフは戦争容認の映画と勘違いされないためにも、最後でびしっと反戦を主張する必要があったのです。
 そんなレッドクリフ反戦の根拠としたのは、やっぱり家族愛です。本編中、「家族」の範囲が少しずつ広がっていたことには気づかれたでしょうか?最初は文字通り家族だけだったものが、次第に友達、君臣、味方の兵士たちまでもが「家族」として見られるように変化しているのです。そしてそれがさらに敵側にも及んだ瞬間が、僕は孫尚香と孫叔材の出会いの場面だと思っています。あれは恋愛じゃなくて家族愛だって言い続けてた理由です。自分たちを攻めてきた敵にすら家族愛の心は及びうるんだ、つまり敵味方の区別なんて本来的にはないはずなんだ、というのがレッドクリフの主張する反戦です。だからこのシーンで孫尚香は孫叔材の死を悼み、曹操軍と孫権軍の死体は折り重なり、勝ったはずの周瑜が「勝者はいない」と言うのです。博愛主義的であり人類愛的な家族愛のかたち……と言ってしまうとちょっと陳腐ですけれど。

(136.14)そして曹操を見逃すこのシーン。評判よくないっていうか、なんで曹操を見逃すのかわかりにくかったそうですね。ちなみに副音声によると、諸問題でここの劉備の台詞をひとつカットしたらしく、そのせいで余計わかりにくくなったという事情もあったとか。
 三国志的に言えば、曹操を見逃す、と言われて当然思い出さなくちゃいけないのは「華容道」です。曹操は見逃さなくてはならないのです。そうすることで、曹操という大敵を討つことよりもさらに大事な「なにか」が存在することが表現できるからです。そして「なにか」には、往々にして作品の根幹となるテーマが込められます。『演義』は、「華容道」で関羽の担う義の重みを表現しました。ではレッドクリフの場合は。いっこ前で書いた通りです。
 でも初めて観た時のことを思い出してみると、もちろん反戦やら何やらも漠然とはわかっていたのですが、それよりも、これ僕の知ってる三国志とは違うぞってとこばかりが気になっちゃって、あんまし深く考えられなかった記憶があります。だから、レッドクリフ三国志作品としての個性ってのを読み取る余裕もありませんでした。もうちょっと三国志に詳しかったら、さまざまな三国志作品の違いを踏まえた上でのレッドクリフの特徴を見つけられたんでしょうけど。

 レッドクリフ周瑜は、『演義』のように呉に天下を取らせるためではなく、家族と誇りを守るために戦います。曹操を討つことを使命とするような描写は、ほとんどありませんでした。劉備が(たぶん)一度も漢という言葉を口にしなかったのもすごいですね。その代わりに与えられたテーマが、繰り返しですけど団結であり勇気であり家族愛であり反戦でした。
 じゃあレッドクリフは『演義』とはテーマがまったく別物の作品かというとそうでもなくて、レッドクリフのいう家族愛とか結束とかは、つまり『演義』の根幹である仁(仁愛)や義(信義)を現代の言葉に置き換えたものだろうって僕には思えました。監督もインタビューで、「三国志は人情と義理の物語だ」と言っていましたし。
 『演義』の物語性を尊重しつつ、『演義』が持つ普遍的テーマをしっかり受け継いだところに、この作品の『演義』の語りなおしとしての出来の良さを感じました。