伊藤晋太郎「関羽と貂蝉」
伊藤晋太郎先生の論文「関羽と貂蝉」(『日本中国学会報』、2004)を読んだ感想ノートをそのまま記事にしました。
伊藤先生は言わずと知れた関羽をご専門にされている先生ですが、個人的にはこの論文では関羽よりむしろ貂蝉の人物像の変化についての方が興味深かったです(笑)
以下のように貂蝉は『演義』を境にそのキャラクターを転換させています。いや転換というよりむしろ『演義』になってようやく個性が与えられた、という印象を抱きました。『演義』以前の貂蝉は単に王允が計略に用いた小道具って印象です。
架空の人物だからか改めて見向きされることは少ない貂蝉ですけど、ともあれ三国志の女性ではダントツの知名度であります。ちょっとファンの中でまた見直されるといいなと思いました。
●関羽が貂蝉を斬る物語
『風月錦嚢』収録「三国志大全」 ←既成の元明雑劇を集めたもの
・呂布滅亡後の貂蝉。関羽の関心を買おうとおべっかを使う
・関羽は『春秋』を読みながら、呂布もこの貂蝉のために死んだと考える
・貂蝉は亡夫呂布を罵り、劉備らを讃える
・関羽は貂蝉の不義、不貞を責め、ついに斬ってしまう
※多くの雑劇、京劇、『三国志玉璽伝』などに見えるが内容はほぼ変わらず
◇貂蝉の人物像
・不義で不貞、男を惑わす悪女
・『平話』をはじめ、貂蝉を呂布の元からの妻とする設定が多い⇒不貞が際立つ
・『平話』では、夫に会いたい気持ちから連環の計に加わっている
⇒初期貂蝉には、憂国、義勇のキャラクターがない
●関羽貂蝉物語の変化
・不貞という人物像の消滅(やむを得ない理由)
・関羽からの同情、ないし恋慕⇒出家ENDや悲劇の別れへと結末も変化
⇒『演義』貂蝉により、国を憂う、勇敢な新貂蝉像が生まれる
→毛宗崗がいかに貂蝉を高く評価したかは以前に仙石先生の著書により知りました
http://d.hatena.ne.jp/AkaNisin/20100923
●関羽が貂蝉を斬る話は何故生まれたか
・元ネタは裴注『蜀記』の秦宜禄の妻を関羽が求めた話
⇒そもそもこれを呂布の妻を求めたと誤読していたようである
・関羽崇拝の中で、このような黒歴史を払拭するために作られたか
・また女性の色禍は古代から中国での定番
●まとめ
◇関羽が貂蝉を斬る物語は、いわば正史関羽の汚名返上物語であり、そこでは関羽の高潔さ、英雄ぶりが強調される。
一方で貂蝉は関羽を引き立てる、斬られ役の悪女にすぎない。
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◆『演義』により貂蝉のキャラクターが向上。憂国・義勇・孝行の女性となる。
関羽と貂蝉の双方の義を立てる筋書きや、恋仲になってしまう悲劇の物語などが新たに出現する。