三国与太噺 season3

『三国志演義』や、吉川英治『三国志』や、日本の関帝廟なんかに興味があります。

2010-01-01から1年間の記事一覧

第5回「より深く理解するための「三国志」講座」

工学院大学孔子学院開講講座 ――より深く理解するための「三国志」講座 第五回「歴史書と出土品から見る『三国志』の実像」 満田 剛(創価大学講師) 満田剛(みつだ たかし):1973年生。創価大学大学院文学研究科博士課程単位取得修了。現在、創価大学非常勤講師…

本籍地で県長に

岑彭字君然,南陽棘陽人也。王莽時,守本縣長。(『後漢書』岑彭列伝) 雲台二十八将の第六席として有名な阿部さん岑彭です。 きっと緊急時の代行だったからと思いますが、本籍地の長になるなんてこともあるのですね。それとも本籍地を避けることはもう少し後…

龍馬暗殺犯と八丈島

八丈島観光ポータルサイト http://www.8jo.jp/IMAINOBUO.htm 大賀郷小学校公式ページ http://www.hachijomachi-tky.ed.jp/ohsho/index.html ウィキペディア「今井信郎」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E4%BA%95%E4%BF%A1%E9%83%8E 龍馬暗殺の容疑…

安楽公劉禅は賓客?

賜山陽公劉康、安楽公劉禪子弟一人為駙馬都尉.(『晋書』武帝紀) 駙馬都尉の歴史は漢武帝に遡り、従来は特に特殊な官職でもなく、例えばコイツがなってます。 光禄勲に属し、比二千石。奉車都尉と騎都尉と合わせて三都尉と言う。 それが魏以降、三都尉は次第…

三恪二王

ここのところ王朝の賓客について書いていたところツイッターでT_Sさんに"三恪"について教わりまして、とても興味深かったので正史から適当に三恪について探してみました。 なお三恪二王については「解体晋書」さんの明帝紀に以下のような注釈がありました。 …

420年、最高の友と共に

適当に北部尉に任じたり、 ベットごと引きずりだしたり、 つい左遷しちゃったり、 思わずクーデターして、 逆に弑殺されて、 ムリヤリ禅譲なんてこともあったけど、 (元熙二年)晉帝は王(劉裕)に禪位し……是において陳留王虔嗣等二百七十人、及び宋臺羣臣、並…

その後の魏帝

魏帝を封じて陳留王と為し、邑萬戸、鄴宮に居す(『晋書』武帝紀) 帝(曹奐)を封じて陳留王と為す。年五十八、大安元年に崩ず、諡して曰く元皇帝。(『三国志』陳留王紀注引『魏世譜』) *1 265年。曹奐は晋王司馬炎に禅譲。即位した司馬炎は漢魏の例に従って…

その後の漢帝

黄初元年十一月癸酉、河内山陽の邑万戸を以て漢帝を奉じて山陽公と為す。(『三国志』文帝紀) (青龍)二年……三月庚寅、山陽公薨ず……山陽公に諡して漢孝獻皇帝と為し、漢禮を以て葬す。(『三国志』明帝紀) 劉協についてはもう皆さんご存知の通りかと思います。*…

みたび東海王

すみません、まとまりなくて。また東海王です。『後漢書集解補』の方を読み忘れてしまってまして。ただ結論は前記事前々記事とほぼ変わりありません。 昨日の銭大繒の解釈に対して『後漢書集解補』に引かれる侯康が反論をしており、そこでまた新たな東海王の…

水皆西流

昨日の東海王の記事をT_Sさんにトラックバックしていただきまして、どうもいつもお世話になっております。 てぃーえすのワードパッド「西海郡」 えっ 時に西海と言いますと、『漢書』西域伝のこの記事を思い出します。 于闐之西,水皆西流,注西海(『漢書…

ふたたび東海王

まず昨日書きました東海王の重複についてですね。今日大学でちゃんと調べて来ましたよ。 三国与太噺「東海王重複」 ひとつめ、『後漢紀』を読んでみた所こちらは『後漢書』と同じく「敦為東海王」とありました。東海王劉羨に関しては記述なし。 もうひとつ『…

東海王の重複

てぃーえすさんとこの読んでたら思い出しました。 てぃーえすのワードパッド「東海王」 祗立四十四年薨,子蚸嗣.二十年,魏受禪,以為崇紱侯.(『後漢書』東海恭王彊伝) 五年春正月…東海王祗薨. 九月庚戌,立皇子熙為濟陰王,懿為山陽王,邈為濟北王,敦為…

陳式陳寿父子説

あるいは祖父とする話もありますが、とにかく三国志ファンには大変有名な説だと思います。ぼくも知らず知らずのうちに頭に入っていたんですけど、改めて考えるとこれは一体何を情報元にしていたのでしょうか。 とりあえずウィキペディア「陳式」の項目を引き…

第3回 「より深く理解するための「三国志」講座」

工学院大学孔子学院開講講座 ――より深く理解するための「三国志」講座 第三回「『三国志』は中国でいかに語られてきたか」 田中 靖彦(大東文化大学講師) 田中靖彦(たなか やすひこ):1977年生。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得修了。現在、大…

神田古本祭り

森三樹三郎・宇都宮清吉『世説新語・顔氏家訓』(平凡社、1971) 岡崎文夫『魏晋南北朝通史 内編』(平凡社東洋文庫、1989) 宮崎市定『中国に学ぶ』(中公文庫、1986) 宮崎市定『大唐帝国』(中公文庫、1988) 諸橋轍次『中国古典名言事典』(講談社、1972) (^o^≡^o…

『続後漢書』黄忠伝を本文校合では終わらなかった

【三国志】 及曹公克荊州,假行裨將軍,仍就故任,統屬長沙守韓玄 【続後漢書】 及曹操克荊州,假行裨將軍,仍就故任,統屬長沙守韓元 ハハッ、ワロス。 否・・・!終わっていない・・・! ここで終ったらまるで・・・毎日更新だけを目的にしたかのよう・・…

やる夫が光武帝になるようです 

ネットにおける中国史関係では大変有名なスレだと思います。ぼくが初めてウワサを聞いたのは最終回間近の春ごろでしたけど。 昨日夜の1時からぶっ通しで読んでしまいました。 大変感動した! 思わず亀茲から班超へ降りそうになるくらいにッ! すごいセンス…

『続後漢書』関羽伝を本文校合

『続後漢書』の詳細につきましてはグーグル先生にどーぞ。ぼくも成立背景や性格などよくわかりませんで、その辺がまとまった研究資料があればなー、と思う今日この頃です。 今日この頃と申しますれば、話は変わりまして朝霧さんがスカイプでやってらっしゃる…

第2回 「より深く理解するための「三国志」講座」

工学院大学孔子学院開講講座――より深く理解するための「三国志」講座第二回「孫呉を支えた四人の名将・名参謀―周瑜・魯粛・呂蒙・陸遜―」吉永 壮介(慶應義塾大学助教) 吉永壮介(よしなが そうすけ):1973年生。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程単位修…

呉蜀諸王の傾向と対策はいらない

駄目だこの孫呉・・・早くなんとかしないと・・・ 呉蜀諸王の一覧 こちらの「呉蜀諸王一覧」からpdf形式で落とせます。*1 *2 今日でやっとのこと国学の発表が終わった訳ですし、ちょっと休憩がてらに孫呉と蜀漢で王に封じられた人を一覧にしてみました。 ち…

劉備と推恩の令

もう半年も前のてぃーえすさんとこの記事ですが、ちょうどこの前読んだ本に関連することが書かれていましたんで。 http://d.hatena.ne.jp/T_S/20100410/1270872967 先主姓劉,諱備,字玄紱,涿郡涿縣人,漢景帝子中山靖王勝之後也.勝子貞,元狩六年封涿縣陸…

正史厨も 演義儲も

先日紹介した伊藤先生のコラムで気になる部分があったので。 二松学舎大学文学部中国文学科スペシャルコンテンツ 「三国志の英雄 人気の秘密」第4回曹操(一) http://www.nishogakusha.jp/special/chubun01/04.html このように曹操像を見直す動きは以前から…

二松学舎大学中国文学科を宣伝せんとす

三国志押しすぎワロタ ◆文学部シンポジウム2010「非常之人 三国志の覇者・曹操の人物像」 http://www.nishogakusha-u.ac.jp/sangokushi/ この前も記事にしましたね。あの時はまだなかったホームページがついこの前ようやく開設されました。 ○曹操の実像をたずね…

曹操政権の諸侯王政策

是歲、立故琅邪王容子熙為琅邪王。齊、北海、阜陵、下邳、常山、甘陵、濟北、平原八國皆除(『後漢書』献帝本紀 建安十一年) 諸侯八カ国の一斉除国。 この当時まだ存在していた諸侯王国の数、十六。つまり実にその半分までもが一挙に除かれてしまったわけです…

第1回 「より深く理解するための「三国志」講座」

いや国会図書館行ってたっけ、 それで渡邉先生の論文読んだっけ、 もう気が付いたら爆睡さ。寝坊した ァァアアア(゚Д゚)アアアァァ 工学院大学孔子学院開講講座 ――より深く理解するための「三国志」講座 第一回「『三国志』とその時代」 平井徹(慶應義塾大学講師) はい…

匈奴産 【劉騊駼】

匈奴、其先祖夏后氏之苗裔也、曰淳維。唐虞以上有山戎、獫狁、葷粥、居于北蠻、隨畜牧而轉移。其畜之所多則馬、牛、羊、其奇畜則橐駞、驢、驘、駃騠、騊駼、驒騱。逐水草遷徙 集解徐廣曰「似馬而青。」 索隱按:郭璞注爾雅云「騊駼馬、青色、音淘塗」。又字…

黄巾に負けた王様たち

・安平国の場合 子續立.中平元年,黄巾賊起,為所劫質,囚于廣宗.賊平復國.其年秋,坐不道被誅.立三十四年,國除(『後漢書』樂成靖王黨列伝) 明帝系統の安平王劉続。安平国は冀州です。 捕虜になるものの黄巾平定後に帰還します。が、その年のうちに大逆…

後漢初の諸王

丙辰,詔曰:「長沙王興、真定王得、河間王邵、中山王茂,皆襲爵為王,不應經義.其以興為臨湘侯,得為真定侯,邵為樂成侯,茂為單父侯.」其宗室及絕國封侯者凡一百三十七人.丁巳,降趙王良為趙公,太原王章為齊公,魯王興為魯公.(「光武帝紀下」建武十三…

10月の中国史的イベントまとめ

慶應義塾大学言語文化研究所公開講座 ――天・神々・祖先:中国人の思想と信仰 10月16日(土)午後2時〜5時 ○淫祠をいかに駆除するか―儒教のパンテオンとそれを護持する努力について 小島毅(東京大学大学院准教授) ○中国の様々な神と信仰―明清期の発展を中…

渡邉義浩・仙石知子『「三国志」の女性たち』

この前の第五回三国志学会で買った一冊ですね。 去年の二松で行われた講演会で触れられて以来、ずっと欲しかったんすよー。 この本は、『演義』のストーリー解説と仙石先生の論文との、ふたつのパートに分かれております。『演義』ストーリーはかなり丁寧に…