三国与太噺 season3

『三国志演義』や、吉川英治『三国志』や、日本の関帝廟なんかに興味があります。

『正史』に書かれた八丈島

 今から200年ほど前、
 高橋與市、
という漢学者が八丈島は三根地区におりました。*1
 この人は著作『綜嶼噺話』で、以下のように述べているそうです。

後漢書』巻一一五の東沃沮の条に、
  「海中ニ女国アリ、男ナシ。人或ハ伝フ、ソノ国ニ神井アリ、之ヲ窺ヘバ輒チ子ヲ生ズト云フ。」
とあるのを引用し、
  「富士山*2の西にあたる海中に水池と云。岩あり、古跡なり。」
という。*3

 つまり、『後漢書』によれば東の海には女だけの島があるという。その国では、井戸を覗けば女性は妊娠することができた。これは八丈島のことである。『後漢書』の言う井戸は今も八丈島に古跡として残っている。
と、高橋さんはおっしゃってるんです。
 確かに『後漢書東夷伝には引用元の文章があります。しかも『三国志』『梁書』にも関連する記事がありました。「東海の女国」は、中国古典では広く知られる存在であります。

 又た北沃沮有り。……其の耆老 言ふならく、嘗て海中に一布衣を得る。其の形 中人の衣が如く、而ども両袖は長三丈たり。又た岸際に一人の破船に乗るるを見ゆ。頂中に復た面有り、語れども通じず。食せざりて死ぬ。又た説くならく海中に女国有り、男人無し。或いは伝ふるらく、其の国 神井有り、之を闚へば輒ち子を生ず*4
   ―『後漢書東夷伝、東沃沮


 北沃沮は一名を置溝婁。南沃沮を去ること八百餘里……。其の耆老に問ふに、海東復た人有るやいなや、と。耆老 言ふならく、国人嘗て……東のかた一島を得、上に人有り、言語相曉らず……又た言ふならく、一国有りて亦た海中に在り、女純らにして男無し*5
   ―『三国志東夷伝


 扶桑國。齊の永元元年、其の國に沙門たる慧深有りて来たり、荊州に至る……。慧深又た云ふならく、扶桑の東のかた千餘里に女國有り、容貌は端正、色は甚だ潔白たり、身體 毛有り、髮 長くして地に委ぬ。二、三月に至り、競ひて水に入らば則ち任娠し、六、七月にして子を産む。女人の胸 前に乳無し、項後に毛有り。根 白く、毛中に汁有り、以て子に乳す。一百日よく行ひ、三四年なれば則ち成人たり。人を見ゆれば驚き避け、丈夫を偏畏す。鹹草を食すこと禽獸の如し。鹹草の葉は邪蒿に似て氣香の味は鹹たり。」*6
   ―『梁書東夷伝、扶桑國



 つまり八丈島は『三国志』『後漢書』『梁書』など中国の正史にも記述されてたのです!

 という発想になぜ高橋さんが至ったかというと、それは古くから「八丈島女島である」と言い伝えられてきたからです。八丈島には現在にも伝わる始祖伝説がいくつもありますけど、その全てが「女島伝説」と関連しています。
 実際、『綜嶼噺話』でも女島伝説は紹介されていますし、高橋與一はずばり「女護島」と号しています。
 であるから、「東海に女国あり」と正史にあるのを見たら、これは八丈島である、と注釈せずにはいられなかったのでしょう。
 実際に、近年刊行されている『八丈島誌』などの郷土資料でも、これら中国古典に見える「東の女国」を八丈島であると見なしているものは多いです。

*1: 1753(宝暦3)年、三根村に生まれ、11歳で島を出る。28歳で学を志し、後漢学を研究。証拠学派を起こす。字は正卿。雅号は敏愼。他に青洲、女護島、高閔愼と号した。論語、漢文古典の注釈書など著書多数。
「八丈タイムズ」http://www.nankaitimes.com/toku_kiji/tanaba.html
 江戸時代の、八丈島出身の漢学者さんです。流刑にされた本土人ならともかく、地元勢にこんな知識人がいたとはとっても意外です(笑)
 今でも三根地区には高橋さんが沢山住んでおられるようです。

*2:八丈島にある西山のこと。通称八丈富士

*3:東京都島嶼町村会著『伊豆諸島東京移管百年史 上編』(東京都島嶼町村会、1981)

*4:又有北沃沮…其耆老言,嘗於海中得一布衣,其形如中人衣,而兩袖長三丈.又於岸際見一人乘破船,頂中復有面,與語不通,不食而死.又説海中有女國,無男人.或傳其國有神井,闚之輒生子云.

*5:北沃沮一名置溝婁,去南沃沮八百餘里,其俗南北皆同,與挹婁接。挹婁喜乘船寇鈔,北沃沮畏之,夏月恆在山巖深穴中為守備,冬月冰凍,船道不通,乃下居村落。王頎別遣追討宮,盡其東界。問其耆老「海東復有人不」?耆老言國人嘗乘船捕魚,遭風見吹數十日,東得一島,上有人,言語不相曉,其俗常以七月取童女沈海。又言有一國亦在海中,純女無男。

*6:慧深又云:「扶桑東千餘里有女國,容貌端正,色甚潔白,身體有毛,髮長委地。至二、三月,競入水則任娠,六七月產子。女人胸前無乳,項後生毛,根白,毛中有汁,以乳子,一百日能行,三四年則成人矣。見人驚避,偏畏丈夫。食鹹草如禽獸。鹹草葉似邪蒿,而氣香味鹹。」