『李毛異同(5)』 ‐劉焉入蜀
詔して孫堅を封じて烏程侯と為し、劉虞を封じて幽州牧と為して兵を領して漁陽に往かしめ張舉と張純を征せしむ。(「毛本」第二回)
各地で頻発する叛乱を鎮めるため、長沙に孫堅、幽州に劉虞とそれぞれ派遣される場面ですが、「李卓吾本」ではここで討伐将軍としてもうひとり、劉焉の名前も挙がっています。劉焉の活躍それ自体はたった一文だけですけど、しかしストーリー的には大きな意味を持っていました。
それは「劉焉を益州牧と為し、四川寇賊を討つに就かしむ」と。そう、劉焉の入蜀です。
劉焉は劉備と因縁を持っています。『三国志演義』はオリジナルエピソードとして、黄巾の乱で劉焉と劉備を引き合せ、叔姪の関係を結ばせます。このずっと後、劉備はその「叔父」の子から蜀を奪う訳ですから、おもしろい伏線だと思います。
となればこの「劉焉を益州牧と為す」の一文もまたそれに匹敵する重要な伏線として活きます。読者はこのずーっと後になって、彼の子供がなお益州にいること、そして彼に縁故あるはずの劉備がそれを狙うことを知ってびっくりする訳です。劉備はただ同族の劉璋から益州を奪うのではありません。恩ある「叔父」が獲得した益州を奪うのです。
そんな劉備の苦しい立場を示すものとして、「劉焉為益州牧、就討四川寇賊」はわずか12字ながらとっても巧妙に働いています。なのでこれを削ってしまった毛宗崗は勿体ないことをしたなあと思いました。