三国与太噺 season3

『三国志演義』や、吉川英治『三国志』や、日本の関帝廟なんかに興味があります。

『三国志平話』における蒋雄、ほか



全相三国志平話

全相三国志平話



ついに出ましたね!
コーエーから出されていた中川先生・二階堂先生の訳本が長らく絶版になっておりましたんで、持ってないファンとしては待望の一冊でしょう。もちろんコーエー版をお持ちの方も買ってソンなしと思います。なんせ全相ですからね!タイトルに偽りなし!*1


●蒋雄
改めて『平話』を読んで、ちょっと気になったところをいくつか。
蒋雄は桂陽太守であり、龐統の叛乱に呼応しますが討伐に来た張飛にあっさりと斬られてしまいます。今回の立間訳『平話』では109ページ、「張飛刺蒋雄」の場面ですね。
この箇所、『三国演義』では第五十二回の荊南四郡平定戦。こちらでの桂陽太守は趙範、それを攻め陥とすのは趙雲の役目となっています。*2。一方張飛が攻めたのは武陵太守金旋で、四郡のうち最もあっけなく討たれ、これといったエピソードはありません。特に『演義』金旋と『平話』蒋雄を結び付ける要素もなく、また他にも『演義』に蒋雄に相当するような人物はおりません。
ところがどっこいしょ。検索していただくと瞭然ですが、『平話』蒋雄とはまるで異なる人物ながら『演義』にも同姓同名の"蒋雄"が登場するのです。第九回、貂蝉と戯れる呂布に激怒する董卓を、諌めようとする李儒のセリフに見られます。

「太師それは如何かと存じられます。むかし楚の荘王がかの絶纓の宴に、愛妾にたわむれた蒋雄をとがめなかったので、のち秦の兵に取り囲まれたとき、彼の死力をつくしての働きによって救われた例もございます」*3

ここで引かれる「絶纓」自体は『説苑』報恩を出典とする故事です。ということは『平話』はこの故事から蒋雄の名前を採ったのでしょうか?
いえ、実は出典の『説苑』ではこの「愛妾に戯れた武将」の名前は明らかになっておらず、立間先生の注釈によれば「ある武将」に"蒋雄"という名前を与えたのは『三国演義』なのだそうです*4 *5
つまり『平話』は張飛に討たれる架空の太守に、『演義』は古典上の人物に、それぞれが"たまたま"「蒋雄」という架空の名前を与えたということになるのですが、果たしてこれはたまたまなのでしょうか・・・?例えば『平話』李粛がそうであるように*6、『平話』が中国文学上の英雄をスピンオフ参戦させ、『演義』もその英雄をこっそりカメオ出演させた、、、とか笑
なにせ張飛に討たれるだけの人物ながら、ちゃんと挿絵があるんですもんね。なんか面白そうな武器を持ってますし*7



●滄呉(滄州・江呉)の劉璧
当時に生き残っている宗族として献帝が挙げた人物であり、荊州を落ち延びる劉備がはじめに身を寄せようとした人物でもあります。
演義』においては特に相当する人物はいませんが、第四十三回にて、魯肅に劉備軍の逃げ先を問われた孔明が「蒼梧の太守呉臣」を頼ろうと思うと(ブラフですが)答えています。先主伝注引『江表伝』でも劉備が逃亡先として答えているのが蒼梧の呉巨(呉臣)。蒼梧と滄呉の音が似てる…かな(笑)
なお文脈上から滄呉・江呉は江南のどこかを指していると思われますが、滄州は後漢当時で勃海郡にあたるところだそうです。江南と勃海では全然違いますんで、そうですねぇ…武蔵国を指して武州と呼ぶようなカンジなんですかねぇ。


●寿亭侯
日本人にとっては『通俗』や『吉川三国志』でお馴染みの漢の寿亭侯のネタですね。『平話』ではそのエピソードはなく、単に関羽が寿亭侯に封じられたとあるのみです。漢の寿亭侯ネタは、"漢寿亭侯"の字を見た『三国演義』著者が洒落て作ったエピソードだったと思ってたんですけど、大漢和とかで引いたら一時期はガチで寿亭侯だと思われてたんですね。

*1:絵でわかることもたくさんありますしね。例えば、この頃から劉備双剣なんだー、とか、張表なんだー、とか

*2:有名な趙雲が嫁取りを拒否したエピソードがあるところですね。ちなみに『平話』においても趙範は(長沙太守に変わってますが)荊南戦に登場しており、嫁取り拒否のエピソードもほぼ形を変えず書かれています。

*3:立間訳『演義』からです。中国古典文学大系のあれ

*4:「しかし、本書の蒋雄という名は作者が作ったもので、秦と戦ったおりとしてあるのも同じである」。なお原典で「ある武将」が活躍したのは晋との戦いです

*5:という訳でwikipediaの荘王の項目は『三国演義』を出典にしてますね笑

*6:李粛であって李肅でない『平話』李粛についてはこちらをhttp://taketaturu.blog68.fc2.com/blog-entry-30.html

*7:ちょっとググっただけですけど、『封神演義』で同名の人物がいるんですね。こちらのサイトさんhttp://www.geocities.jp/hgonzaemon/housinengi.htmlで「蔣雄」で検索したらいました