三国与太噺 season3

『三国志演義』や、吉川英治『三国志』や、日本の関帝廟なんかに興味があります。

雑喉潤『三国志と日本人』

三国志と日本人 (講談社現代新書)

三国志と日本人 (講談社現代新書)

近頃吉川々々と言ってましたら、ツイッターにて薦めていただいた一冊です。先日から挙げている上田望先生の論文でも吉川三国志関係で引かれていましたね。今日届いたんで一気に読んでしまいました。
内容としてはタイトルに掲げられている通り、日本史始まって以来の日本人たちがどのように「三国志」と接してきたかがすっきりとまとめられていまして、頭は『日本書紀』から尾はコーエーや宮城谷まで、雑喉先生が序文で曰く「日本史の各時代に、いつも『三国志』が、なんらかのかたちで影を落としていた」軌跡を書き連ねられたものとなっております。参考までに、目次を挙げておきます。
 序…父祖代々の三国志
 第一章…日本史編纂と『三国志
  (1)『日本書紀』に落とした影
  (2)二人の万葉歌人
 第二章…軍記物語の時代
  (1)ある空白の期間
  (2)『太平記』の出現
 第三章…江戸文学と『三国志演義
  (1)湖南文山の翻訳
  (2)『八犬伝』のなかの『演義
 第四章…明治に起こった「内発」
  (1)内藤湖南『諸葛武侯』
  (2)「星落秋風五丈原
 第五章…日本版『演義』の誕生
  (1)吉川英治三国志
  (2)「奸雄」曹操の再評価
  (3)三国志世界の内面へ
 第六章…三国志ブームの到来
  (1)『英雄ここにあり』と『秘本三国志
  (2)「読む」から「体験する」時代へ



特に面白かったのが第一章の『日本書紀』に関する段落ですね。
日本書紀』が漢籍史書を参考にしているとのウワサは前々から聞いていたのですが、その史書に『三国志』が含まれてるかどうかちょっと気になってました。それについてがすっきり書かれていまして、『三国志』にある文章がそっくり借用されているのみならず、『日本書紀』注釈に影響を与えた裴松之スタイル、神后天皇の条に引かれる『魏志倭人条など…。も、この第一章は付箋ベタベタっすね笑
しかしとにかくこの第一章に限らず全体を通して、ああ「三国志」ってここまで読まれてたんだ、と単純に思いました。そうですよね。なんせクソど田舎世界の果て八丈島の地理誌にまで『後漢書』(『三国志』)が引かれてるんですもんねー。釣りかネタかはわかりませんけど、200年前の八丈島民が「『三国志』に八丈島の事が書いてある\( ゚∀゚)ノ」って考えていたことは非常に興味深く思います。


ところで第三章、『里見八犬伝』に見える『三国志演義』の影響ということで以下のような例が挙げられています。
「君臣各書き写ししを、うち合して倶に是を見るに、道節・現八・小文吾は、只火の一字を写したり。又義成主と、信乃・大角・荘介は、是則風火の二字なり
先生はこの箇所に、『演義赤壁諸葛亮周瑜が互いに「火」の字を示す場面を想起されていますが、以下のひろおさんの解釈を踏まえて考えますと馬琴が参考にしたのは『三国志平話』の方ではないでしょうか?

周瑜と幕僚たちは、曹操を倒す作戦を、手のひらに書くことにした。『演義』では、周瑜諸葛亮が2人でやる遊びだが、『平話』はみんなでやる。
周瑜は「火」と書いた。
その他大勢も、「火」と書いた。
諸葛亮だけは「風」と書いてあった
周瑜は、1人だけ着眼点に優れた諸葛亮を警戒した――。
ここでも『平話』は、『演義』を上回っていると思います。『演義』では火計が機密みたいになっているが、誰でも思い浮かぶ。それより、火を使うときに足りない要素を、諸葛亮だけが見抜いていた*1

江戸時代の馬琴が、天下の孤本『三国志平話』を読んでいた・・・?

*1:いつか書きたい『三国志http://www.3guozhi.com/q/3h5.htmlより。太字強調はにゃ